日本人は気配りや思いやりを大切にしてきた。相手の気持ちや立場を考え、こまやかで行き届いたサービスを提供する。茶の湯を生んだ日本ならではの精神である。
伝統は物づくりにも生かされた。利便性、耐久性、安全性を追求し、顧客に最高の品質を提供する。「メード・イン・ジャパン」が世界で信頼されたのは、相手をおもんぱかる文化が根付いていたからだろう。
リコール問題に揺れるトヨタは、その伝統的精神をないがしろにしている。残念でならない。世界生産がグループで949万台に達した07年にトヨタは世界一の自動車メーカーとなった。しかし、急激な拡大がアダとなったのか、今やトヨタ車がトラブルを抱えている。米国のテレビでは、トヨタ車の問題は連日トップニュースで報じられているそうだ。これは深刻な打撃だろう。
しかし、何よりも問題だと思うのは、昨年5月に発売した「新型プリウス」の不具合に対するトヨタの姿勢である。世界に高い技術力を示した看板車種だ。そのブランドに傷が付くのは大きな痛手である。しかも、問題個所はブレーキだ。瞬間的に利かなくなる事態を起こすとあれば、大急ぎ回収し、無料で修理するリコールに踏み切るのが筋だろう。
ところがトヨタは「ブレーキの利き具合の感覚の問題」としてためらっているようだ。欠陥があるわけではなく、運転手のフィーリングに合っていないだけ、という立場である。
これはおかしいだろう。感性にピタリとマッチさせて利用者をうならせる。それがものづくりの真髄ではないのか。相手を尊重する日本の文化ではないのか。
法的に、物理的に、医学的に問題がないだろうと居直るようでは、日本のものづくりは廃れてしまう。日本のいい面は、グローバル時代を生き抜く武器になる。それも疎かにする企業は、価格競争にのみ込まれ、淘汰されていく。トヨタはそれを肝に銘ずるべきだろう。ものづくりの精神はグローバル化の必要がないのだ。
高橋乗宣(相愛大学学長)の「日本経済一歩先の真相」より