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当時の中曽根康弘幹事長がローキード事件の「もみ消しを要請」

 戦後最大の疑獄、ローキード事件の発覚で日米が大揺れに揺れた1976年2月、中曽根康弘自民党幹事長(当時)から米政府に同事件のもみ消し要請があったとする公文書が米国で見つかった。12日付の朝日新聞が報じた。
 文書は、76年2月20日にJ・ホジソン駐日米大使(当時)から国務省に届いた公電の写し、米国立公文書館の分館に保管、08年8月に秘密指定が解除された。
 ローキード事件は76年2月4日に米議会で暴露された。ロ社の裏金が渡った日本政府高官の名前は伏せられていた。当時の三木首相は同月18日、「高官」を含むあらゆる資料の提供」を米政府に要請すると決めていたが、文書によると、中曽根氏がその日の晩に、米国大使館の関係者に接触し、自民党幹事長としてのメーセージを米政府に伝えるよう依頼。
「もし高官名リストが現時点で公表されると、日本の政府は大変な混乱に投げ込まれる。」「できるだけ公表を遅らせるのが最良」と言ったとされる。さらに翌19朝、中曽根氏は要請内容を「もみ消すことを希望する」に変更したとされる。文書には、中曽根氏の言葉としてローマ字で「MOMIKESU」と書いてある。中曽根氏はその際、「田中」と現職閣僚の2人が事件に関与しているとの情報を得たと明かした上で、「三木首相の判断によれば、もし公表されると、三木内閣の崩壊、選挙での自民党の完全敗北、場合によっては日米安保の枠組みの破壊につながる恐れがある。」と指摘したとされる。事件の資料は、公表しないことを条件に日本の検察に提供されたという。なお、この件について、中曽根事務所はコメントをしていない。

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2010年02月16日 04:00に投稿されたエントリーのページです。

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