経団連の御手洗富士夫会長の後任が住友化学会長の米倉弘昌に内定したそうだ。
大学同窓の亀井金融相と親交が深く、与党とのパイプ役にと期待されているようだが、これまでのように権力の座にある政党を支援して見返りを求める「利益誘導型」の活動は成果が上がらないだろう。企業の利益を最大化することだけを目的にした経団連の役割は、すでに終わっているのだ。
経済が右肩上がりで成長を続けた時代は、政権与党と二人三脚で経済政策を議論することに意味はあった。国の儲けを、どの企業にどうやって配分するのか、ワーワーとやる余裕があった。高度経済成長の時代は、それでよかったのだ。
しかし、経済が縮小している今は、特定の企業の利益につながる政策はあり得なくなった。ダム建設でゼネコンが潤ったり、道路工事で土建屋が儲けたり、建設機械の受注が増えたりする仕組みは、とことこん崩壊している。
グローバル化で農産物まで自由化される時代だ。自国産業の保護を口実にした経済政策は袋叩きにあう。利己的に企業の利益だけを叫ぶような姿勢は許されない。財界の財力を背景にした経団連が政治を動かして自分たちの利益だけを追求できるような状況にはないのだ。
一方で、国民生活を考えると、財界にも出番はある。景気の回復には所得の安定が必要だし、それには雇用の安定が欠かせない。所得や雇用を守るため、経営者には大所高所に立った判断を下してもらいたいのだ。
今年の春闘は、経営者側が雇用確保と引き換えに定期昇給を凍結する姿勢を打ち出している。これはデフレ下の日本経済にとってプラスとも思えないが、そもそも労使の話し合いは1年に1度、この時期だけで事足りるというわけではないだろう。国民の暮らしをどうするかは季節性の課題ではないのだ。
例えば経団連は連合と定期的に会合を開き、暮らしを豊かにするための議論を続けてはどうか。労使の立場を超えて、国民生活が上向くように知恵を絞るのだ。
国民の利益を最大化する経営者団体に生まれ変わらなければ、経団連は自民党と仲良く消えるしかない。
高橋乗宣(相愛大学学長)の「日本経済一歩先の真相」より