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若き日の中嶋常幸が智覚した諸行無常

 ついこの間、中嶋常幸(55歳)とゆっくり話す機会があった。その時エッ?と驚く話が出た。1982、83、85年、そして86年も賞金王を取っている。その86年、中嶋は全英オープンでグレッグ・ノーマンと優勝争いをしている。
 けれどスイングに関していえば、わあ、もう大火事だよ、やばい………と感じていたんだ。86年のときは、これはもう母屋どころじゃない、もういつ全焼するかっていうところだったから。あれは、自分の中ですごく穏やかじゃなかったね。それで、周囲の人たちは、なんで、スイングを変えるんだ。バカじゃないかって。でもね、人間の体もそうだし、意識もそうだけど、とどまれないのよ。84年の時に明らかに落ちるという不安が募っていた。」と、スイングに対する危機は86年シーズン中に頂点に達していたというのだ。
ちょうど30歳になる84年(10月20日生まれ)。
「ボブ・ホープ・クラシックでね。パー3で、球は乗った。でも、自分のスイングがアマチュアになった瞬間だったの。何これって。まったく(体が)しらないの。それであれぇ?と思った。それが84年の春。まるでグラスファイバーのしなりがあったものが、いきなり、黄色くなった竹竿だから、バリバリッて割れちゃう。その変化に一番早く気付くのは本人。」
美しいスイングと評価された時代のことである。
中嶋は自分の経験から「(プロゴルファーは)30代で何か(危機)が待っているのは、間違いない。」と言った。
絶好調は、一瞬だという。
一瞬、仏教では刹那という言葉を使う。刹那は、ちょうど指をパチンと鳴らす音の45分1という時間である。それを計算すると75分の1秒が、一刹那という時間単位になるといわれている。
この世の存在物は、その一刹那ごとに生滅を繰り返していて実体がない。諸行は無常であるという意味なのだ。中嶋が悩んだのは、そんなスイング中の刹那に感じた違和感だった。
「結局スランプっていうことに対して、得体の知れない化け物に対して、ひとりで立ち向かわなきゃいけなかった。」と言った。
 問題は、その先からだという。そこで自分がどう対処するかである。「そうだね。ひとりでやってきた。まぁ、僕の場合、すごい好奇心が旺盛だったから、いろんな場面でいろんな情報を得ることができた。本当に人と話をするのが嫌いじゃなかったし、そういう点では結構よかった。」
ゴルフで絶好調は持続しない。むしろ、悩みや課題、うまくいかないことのほうが圧倒的に多い。その時間が長い。法句経では「世の中は泡沫ごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。」と説いている。ゴルフの絶好調という刹那も泡沫のごとしであるのかも知れない。それを自分で認識していれば、奢ることなく対処できるのだろう。
「さあ、この世の中を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、心ある人はそれに執着しない。」(法句経)
 これは、いつまでも若いと耽溺するのではなく、もっと自分の肉体を認識して、執着せずに智慧を使うことが大切であると説いているのだろう。
それにしても、美しいスイングと外側から思えても、その内側では、母屋まで火事になっていると察知できる感性に驚かされた。

         ―――「昌鳳和尚のゴルフ講話」より
(神奈川県・法勝寺 三田村昌鳳師 元週刊アサヒゴルフ編集長)

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2010年01月20日 01:59に投稿されたエントリーのページです。

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