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「オールドマン・パー」の哲学を知るT・ウッズ

 オールドマン・パーという言葉がある。つまりゴルファーがコースでプレーするときに戦う相手は、目の前にいるライバルではなく、そのコースのパーに対してゲームを構築していく。そのパーおじさんを発見することによって、アマチュアでありながら全米、全英オープン、全米、全英アマチュア選手権のタイトルを1年間で獲得してしまったのが、ボビー・ジョーンズである。
 「ゴルフは、誰かに対してプレーするものではなく、何かに対してするものであることに気づかなかったら、わたしはメジャー選手権に勝つことなどなかったろう。そういっても決して間違いではないと思う。何かというのはパーのことだが………そのことを学ぶまでに長い時間がかかって、ずいぶん悩んだものだ。……思うに、これが目に見えない敵、スコアカードと鉛筆で表される。何か形のないものを相手にプレーした最初であった。いかなる敵よりも手ごわい相手――オールドマン・パーである。」これは名著「ダウン・ザ・フェアウエイ」に書かれたものだ。それを、単純にパープレーを目指せと思うのは軽率である。でもこの言葉が、もっと深い言葉だと分かってくるまでには、かなりの時間がかかった。
 2002年のマスターズや全米オープンで見せたタイガー・ウッズのゴルフが、まさしく“オールドマン・パー”の精神だった。その試合を振り返ると、ウッズと最後まで優勝争いをし、打倒ウッズに燃えたミケルソンや4位のセルヒオ・ガルシアとの差はなんだったのかと思う。きっとそれはまずゴルフは「オールドマン・パーとの戦い」というゴルフ哲学が、タイガーの根底に身に付いていたからだと思う。
 ともすればバーディー合戦という米ツアーのゲームの流れにとらわれてしまうと、冒険や攻めるという挑発的な本能だけが勝ってしまう。ウッズはそれを持ちながら、まるで一手、間を置くかのようにパーを基準に組み立てられる勇気と余裕があった。ショットが完璧でなくても勝てた裏には、そのポビー・ジョーンズ的発想とジャック・ニクラス的勝負の執着心があったからだと思う。
 ジョーンズの言葉で、興味深かったのは、もうひとつある。
「ゲームを前にあまり根をつめてゴルフをしてはいけない。上手にプレーしたいと思うゲームの前に、平静心を保ちゴルフが好きだという気持ちを決して摩耗させないことである。」
 オールドマン・パーにせよ、根をつめるなという言葉にせよ、なんと穏やかな心情なのかと思う。ことさら気負いも、意地も、緊張もなく、しかも精神統一して集中力を失わない。
 この2つの言葉から、きっとジョーンズのゴルフゲームの悟りというのは法句経にあるこんな心境なのだろうと思った。
「言葉おだやかなり。行いもゆるやかなり。この人こそ正しき悟りを得、身と心のやすらぎを得たる人なり。」
心は、平常心。言葉(気持ち)は、穏やかで、いつでも広く見渡せる度量がある。そして自分がなすべきことの判断力を失わない。一打を打つ前の心構えとしては、これほど根をつめることなく、喜怒哀楽に踊らされることなく、的確な一打を放てる心境はないのではないかと思うのだ。
 もう一度、オールドマン・パーという言葉に着目したゴルフをしてみたいものだ。
    ―――「昌鳳和尚のゴルフ講話」より
(神奈川県・法勝寺 三田村昌鳳師 元週刊アサヒゴルフ編集長)

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2009年11月02日 00:05に投稿されたエントリーのページです。

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