驚く勿れ、推定堆砂量100年分の2倍、即ち200年分の堆砂が僅か10年間でダム湖に堆積。アイヌ民族の反対を押し切って北海道沙流郡平取町の沙流川に建設された二風谷ダムは、「世界一危険なダム」です。
元より沙流とはアイヌ語で葦原。即ち沙流川とは、大雨が降り水嵩が増す度に、河口が土砂塞がる河川を意味します。河川工学の碩学として京都大学で、旧建設省・現国土交通省の歴代河川局長を排出するも、治水の為でなく利権の為へと換骨奪胎されたダム行政に疑問を抱き、「脱ダム」学者へと転向した畏兄・今本博健名誉教授と共に僕は、10月末に現地を訪れました。
1997年の完成時に今後100年間で550万?と想定していた堆砂量は、10年後の2007年には1268万?を“達成”。同等の速度で堆積が進んだなら、15年を経ずして総貯水量3150万?のダム湖は堤頂まで堆砂で覆い尽くされ、激流・濁流・奔流が下流域の居住地を襲う事態に陥ります。
河床整理と呼ばれるダム湖の浚渫こそ、急務です。にも拘わらず、今後は沙流川も安定期に入り、堆砂量は減少するから現時点での浚渫は不要、なる旨の「明後日」な回答を国土交通省は述べる始末です。
従前から述べるが如くダム建設に於いては、国の直轄事業も自治体の補助事業も、総事業費の7割が国庫負担です。即ち地元負担は3割。地域に美味しい公共事業と喧伝された所以です。
然れど実態は、総事業費の8割が東京や大阪に本社が位置するゼネラルコンストラクター=ゼネコンに源流しているのです。詰まりは3割負担の地元では租庸調の時代と同じく“持ち出し”。クレーン車が林立する巨大公共事業は、地域経済を疲弊させてきたのです。
であればこそ、地域密着型公共事業としての浚渫こそは、構造転換も儘ならず、青い気吐息な地元の土木建設業に福音を齎します。更には完成後の1997年に「土地収用法の裁量権逸脱している」と違憲判決が確定した二風谷ダムは、脱ダムをも超えた「廃ダム」という新しい公共事業の象徴ともなり得る存在です。奇しくも二風谷ダムは、鳩山由紀夫宰相の選挙区。が、“総論黙認・各論抵抗”の北海道民主党は、当別ダムを始めとする数多の道営ダム建設促進を広言し、二風谷ダムの惨状には黙して語らず。
「コンクリートから人へ」と公言する宰相の決断力が問われています。
―――田中康夫の「にっぽん改国」より