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石川遼の「無垢」におじけづくベテラン選手たちの「甘え」

 つくづく、私はゴルフの才能はないな、と思った時期がある。なかなかうまくいかないからだ。そんなときある人から「うまくいかないから面白いんだよ。」と言われた。それでもコースに出て、いざティーショットをしようとすると、迷いが生じる。不安が増幅する。パッテングが、なかなか入らない。3パットが続出する。というゴルフをしていた時に中部銀次郎さんに「イップスかなぁ。」と言ったら、即答された。「あのね。イップスというのはもっと上手な人がかかる病気なの。だから君は、練習不足なだけ。」と一笑された。
 その中部銀次郎さんと中嶋常幸選手と一緒にラウンドしたことがある。もう四半世紀前の話だ。「僕は下手だから遠慮します。」と言ったけれど「プライベートなゴルフだし、どうせなら一緒に回ろうよ。」との一言で、ラウンドすることになった。
 最終ホールにやってきて、中嶋選手が「ほんとに下手だったね。」と笑いながら言った言葉が、懐かしい。人は一緒にプレーする相手によっても、自分のゴルフが左右される。気心の知れたしかも腕前も同レベルならば、気楽にラウンドできるから、スコアが乱れるということは少ない。その中に、上司だったり、上手な人がひとり入るだけで、心は揺れる。ましてやトップアマやプロゴルファーと一緒なら、見えも手伝って本来の自分の力すら出せない。それが「見えの魂のゴルフ」だと中部さんが言ったことがあった。さらに「心の動揺」が、大きく左右するのもゴルフだと言った。
 なぜ、そんな話を書くかといえば、やっぱり、いまの日本選手たちはおじけづいているのではないか、という叱咤である。石川遼の活躍が目覚ましい。その石川遼の気迫というか、真っ直ぐな心根を持つゴルフに、圧倒されすぎてはいないか。もっと自分のポテンシャルを出し切らないのが不思議である。これは「甘え」以外の何ものでもない。
 でも、なにも努力していないわけではなく、トレーニングも、体づくりも必死でやっている選手がいるのも事実である。何が違うにか。それは、石川遼は雑念がないゴルフができていて、他の選手は、雑念、心の動揺、整え方の下手さ、見えなどがあるからだと思う。無垢な気持ちで、常に自分のポテンシャルを最大限に出し切ろうという石川に対して、すぐに主役の座を譲ってしまうような選手たちとの違いが、ゲーム中に出てしまう。
 石川に悩みや迷いがないわけではない。でも、その不安や悩み、迷いとの付き合い方が上手なのが石川のゴルフだと思う。「水波の喩」(勧化往生論)という言葉がある。水は心の本性を示し、波は迷いの認識の働きをさす。つまり迷いは、心の本性から離れるのではなく、心の持ちようによって、荒波にもなりさざ波にもなるということだ。悩みや迷いをことさら大げさにとらえるのでなく、むしろ、もっと自分の心をしっかりと持てば、荒波にはならない。
 うまくいかないと悩む。でも、自分の技量を認識してプレーを組み立てれば、実力通りのものが出る。誰と、どんな状況でプレーしても、心の動揺を招き、増幅させるのは、自分自身なのだ。「水波体一なり、迷ふときは内外と謂ひ、悟れば唯一心なり」
 選手たちの「甘え」は、迷いや悩みを口実にして、清浄無垢な気持ちでゲームに取り組めていないことである。
―――昌鳳和尚のゴルフ講話より
(神奈川県・法勝寺 三田村昌鳳師 元週刊アサヒゴルフ編集長)

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2009年09月13日 06:17に投稿されたエントリーのページです。

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