「静かすぎた」ゆえに本物の政権交代
「自民、民主全面戦争」は、民主党の完勝で、ひとまず幕を閉じた。不思議な選挙だった。初めての「政権選択選挙」だったし、結果は劇的という言葉がピッタリくるようなものとなった。だが、選挙期間中は都市部、地方を問わず、どこに行っても2005年の郵政選挙のような「熱気」が感じられなかったし、明確な争点もなく、党首が注目を浴びることも少なかった。にもかかわらず、この結果である。
白い波頭が牙をむく荒波ではなく、巨大でゆったりした「うねり」が押し寄せ、波打ち際の風景を一変させた。といった感じかもしれない。おそらく、「政権交代」という壮大なドラマへの参加意識が、多くの有権者を突き動かしたのだろう。
ただ、少し視点を変えてみると、そこには「小沢一郎の20年戦争」という側面が浮かび上がってくる。1989年、自民党はリクルート事件の発覚、その結果として世論の激しい批判に応えるため、「政治改革」をスタートさせた。その目的は、政権交代を可能な政治構造をつくること、そのためには選挙制度を変えること、だった。つまり当時の自民党には「政権転落を覚悟して改革を」の空気がかなり濃厚に漂っていた。そしてそ中心にいたのが、時の自民党幹事長・小沢一郎だった。
当時、小沢は反対派を蹴散らしてでも、選挙制度改革の実現と、それによる政界再編を目指した。その選挙制度改革が実現したのは、小沢がつくった細川非自民連立政権下でのこと。
今回、政権交代が実現した背景には様々な理由があることは事実だが、小選挙区を中心にした現行の選挙制度でなければ、不可能だったことも間違いない。今から20年前に小沢が仕掛けた「爆弾」が、ようやく炸裂したということか。
とにかく、これで「自民党への不満」は解消されたわけで、残るは「民主党への不安」ということになるが、さて、新政権の行方はどうなるか。小沢はどこまで見据えているのだろう。
「伊藤惇夫(政治アナリスト)の自民・民主全面戦争の深読み」より