世界で勝てた裏に「父離れ」があった。
「技術はそれほど変わっていません。一番の要因は精神面。ピア・ニールソンにポジティブな考え方を学んで、ステップアップしたのでしょう。ゴルフではメンタルが85%を占めますから。もっと早く指導者を代えていたら、良かった。アメリカツアーを決めた時から、私は宮里の父親にも、そう勧めていたのですが。」と、ゴルフ評論家の菅野徳雄氏が言った。
ピア・ニールソンは同じスエーデン人で、アニカ・ソレンスタムのコーチ。メンタル面でソレンスタムをバックアップ、世界の女王に押し上げた。
「宮里は、レッスンプロの父親、優さんに育てられた。技術的なことも精神的でも、父親が指導してトップに上りつめました。」と、マスコミ関係者が続けて言う。「優さんは40歳過ぎてからレッスンプロを目指しました。が、それまでが大変でした。30代で村長選に出馬しいて落選。周囲から浮いて村八分状態となり、生活も苦しくなって自殺まで考えたといいます。そういう人生を経験して、子供たちにゴルフを教えた。藍はゴルフの指導だけでなく生き方の影響も受けた。」
高校3年生でプロ、2004年には賞金1億円を突破。ゴルフだけでなく、スピーチも素晴らしく、作家の伊集院静と対談して感心されたとき「話し方は、悪いと父親に直された。」と答えた。
米ツアー参戦を決めてからも父親は試合のたびに渡米、アドバイスをしたが、勝利には届かなかった。それどころかじり貧で、2007年には連続5回予選落ち。9月の仕合では、不調でプレーが遅れて、進行を注意され途中棄権。涙を流したこともあった。私生活でも、恋人の存在がささやかれ、腰痛持ちが疑われ、22歳でどん底を味わった。
日本では敵なし。父親の指導で頂点を極めたが、世界の壁は厚かった。それを打破したのが外国人コーチだったのだ。
「米ツアーも今年で4年目。英語も上達して、細かいニュアンスまで理解できるようになった。それまでは、父親の指導と外国人コーチのアドバイスの狭間で悩んでいました。その迷いがなくなった。父親から外国人コーチへシフトして、結果が出たのです。」(現地のマスコミ関係者)
もともとスランプと考えること自体がおかしかった、と菅野徳雄氏はこう指摘する。
「父親の指導はあるレベルまでは必要だったろうが、限界があった。世界の舞台で戦うには、世界レベルの指導と戦略が必要で、それがようやく宮里の身についてきた。米ツアー初優勝まで80数試合は、決して遅くはない。青木功だって100試合以上かかっている。」
日本では親子の絆が強い。横峯さくら、石川遼、これから世界を目指そうという若手に、宮里藍のケースは参考になるのではないか。